「マニュアルがないから聞くしかない」を、AIで解消できるか試してみた
Web制作会社で働いていると、進行管理や事務まわりを担当する非エンジニアの同僚から「新しく入った人に業務を教えるたびに、同じことを一から口頭で説明している」という悩みをよく聞く。今回は、入社2週目の新人スタッフ向けに「クライアントからの修正依頼を受けてから、担当者に振り分けるまでの手順書」をAIに作らせる、という相談を受けた。
ベテランの担当者に「いつもの手順を教えてください」とヒアリングし、その内容をChatGPTに渡してマニュアル化する、というシンプルな進め方で試したのだが、結論から言うとAIが作った下書き自体はきれいにまとまっていて、新人が読んで「分かった気になる」レベルには十分だった。ただし実際に新人にそのマニュアルだけで作業させてみたところ、ベテランが口頭では説明しなかった「無意識にやっている判断」が何箇所も抜け落ちており、そこで新人が毎回止まっていた。この記事では、実際にやってみた手順と、抜け落ちた部分をどう埋めたかをまとめる。
実際にやってみた
手順1: ベテランへのヒアリングをAIに要約させてマニュアルの叩き台を作る
まず、ベテラン担当者に「クライアントから修正依頼が来てから、誰が対応するか決めるまでの流れ」を口頭で15分ほど話してもらい、その内容をメモに書き起こしてChatGPTに渡した。プロンプトは次のようなものだ。
「以下はベテラン担当者へのヒアリング内容です。この内容をもとに、入社2週目の新人が読んですぐ実行できる業務マニュアルを作成してください。手順は番号付きで、判断が必要な箇所は『〇〇の場合は△△する』という形で書いてください」
出てきたのは、見出しと番号付き手順がきれいに整った文章で、口頭で聞いた内容をそのまま整理してくれる精度は想像以上に高かった。ここまでは狙い通りだった。
手順2: 新人に実際にそのマニュアルだけで作業させてみる
次に、このマニュアルを渡して、新人スタッフに実際の修正依頼(を模した練習用の依頼)に対応してもらった。すると、マニュアルの手順通りに進めていたはずなのに、3箇所で作業が止まった。
- 「緊急度を確認する」という手順はあったが、何をもって「緊急」と判断するかの基準がマニュアルに書かれていなかった
- 「担当者に振り分ける」という手順はあったが、複数の担当者が対応できる内容の場合にどちらを優先するかのルールが抜けていた
- クライアントへの一次返信の文面テンプレートは書かれていたが、そのテンプレートを使っていい場合とNGな場合の線引きがなかった
TOI
ベテランに聞き直すと「そんなの、見れば分かるでしょ」と言われて、それこそが問題なんだと気づいた
手順3: 「止まった箇所」だけをピンポイントでベテランに聞き直し、AIに追記させる
そこで、新人が止まった3箇所だけを改めてベテランに質問した。「緊急って、具体的にどういう状態のこと?」「複数の担当者が対応できるとき、何を基準に決めてる?」と聞くと、今度は明確な答えが返ってきた。ベテランにとっては当たり前すぎて、最初のヒアリングでは言語化されなかった判断基準だ。
この追加の回答をChatGPTに渡し、「既存のマニュアルの該当箇所に、以下の判断基準を追記してください」と依頼したところ、該当する手順の直後に条件分岐として自然に組み込まれた。AIが苦手なのは「情報を整理すること」ではなく「そもそも聞かされていない暗黙知を補うこと」だと分かったのがこの検証の一番の収穫だった。

結論: マニュアル作成でAIに任せていいこと・人にしかできないこと
検証を通して、役割分担がはっきり見えてきた。
AIに任せてよいこと: 話した内容の整理・文章化・体裁づくり
ヒアリング内容を手順書の形に整える作業は、AIに任せて大きく時短できる。「話した内容を漏らさず、読みやすい形に変換する」という作業はAIの得意分野そのもので、ここに時間をかける必要はなくなった。
人にしかできないこと: 「聞かれなかったから話さなかった」判断基準を引き出すこと
ベテランは、聞かれていないことは自分から話さない。マニュアルの精度を左右するのは、AIの文章力ではなく「何を質問するか」を設計する側の力量だと痛感した。今回は新人に実際に使わせて「止まった箇所」を特定するという方法で抜け漏れを見つけたが、これは事前に予測するのが難しく、実際に使ってみて初めて分かるものだった。
非エンジニアの同僚に実際に伝えた手順
この検証を踏まえて、マニュアル作成を担当する同僚には次の手順を勧めた。
- まずはベテランへのヒアリング内容をそのままAIに渡し、叩き台を作る: 完璧な聞き取りを目指さず、一度形にすることを優先する
- 叩き台ができたら、必ず新人(または担当外の人)に実際に使わせてみる: マニュアルを読んだ本人ではなく、書いてある通りにやってみた人だけが「止まった箇所」に気づける
- 止まった箇所だけをベテランにピンポイントで聞き直す: 「なぜそこで判断に迷うと思う?」ではなく「その場面ではどう決めている?」と具体的に聞く
- 聞き直した内容をAIに渡し、該当箇所への追記を依頼する: マニュアル全体を書き直させるのではなく、差分だけを追記させる方が精度が落ちない
- 手順2〜4を、新人が迷わず最後まで進められるようになるまで繰り返す: 1回で完成させようとしない
TOI
「マニュアルを作る」から「マニュアルの穴を見つける」に発想を切り替えた瞬間から、AIの使い方が一気に楽になった
一度書いて終わりにせず、実際に新人に使わせて止まった箇所を潰していくというサイクルを回せば、非エンジニアの担当者でも属人化を減らせる実感があった。AIは「聞いたことをまとめる」のは非常に得意だが、「聞くべきことを見つける」のは相変わらず人の仕事のままだ。
まとめ: 新人向けマニュアルをAIで作るときに押さえること
- ベテランへのヒアリング内容をAIに渡せば、読みやすい手順書の叩き台はすぐにできる
- 叩き台だけでは「ベテランが無意識にやっている判断基準」が抜け落ちるため、必ず新人に実際に使わせて止まった箇所を洗い出す
- 止まった箇所だけをベテランにピンポイントで聞き直し、AIには差分の追記だけを依頼すると精度が落ちない
- 1回で完成させようとせず、「作る→使わせる→穴を埋める」のサイクルを2〜3回回す前提で進める
マニュアル作成そのものはAIで大幅に時短できるが、「何が書かれていないか」を見つける工程は今のところ人にしか担えない。この役割分担を意識するだけで、非エンジニアの担当者でも新人教育の属人化を着実に減らせるはずだ。



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